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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)255号 判決

原告

株式会社バンダイ

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

柳瀬康治

山本昌平

同弁理士

【B】

【C】

訴訟復代理人弁護士

金丸精孝

千葉道則

被告

株式会社エポック社

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁護士

内田実

椙山敬士

堀井敬一

同弁理士

【E】

主文

特許庁が平成9年審判第14410号事件について平成10年7月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  請求

主文と同旨の判決

第2  前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「カードゲーム玩具」とする特許第1961761号発明(平成元年12月22日出願、平成5年5月10日出願公告、平成7年8月25日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年8月26日本件発明の登録を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成9年審判第14410号事件として審理した結果、平成10年7月9日、本件審判の請求は理由がない旨の審決をし、その謄本は、同月21日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

必要なデータをバーコード表示したカードのバーコード読取手段と、

該読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段と、

該記憶手段で記憶された対戦データのうち、一方を攻撃側、他方を守備側とする先攻判定手段と、

前記データに従ってカードを対戦させるときに攻撃側が押す攻撃キーと、

該攻撃キーを押したときに守備側カードのダメージを計算する計算手段と、

該計算手段で計算されたダメージと守備側カードのデータとで計算し生存を判定する生存判定手段と、

該生存判定手段による判定結果を表示する勝敗表示手段

とを備えたことを特徴とするカードゲーム玩具。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本件発明は、検甲第1号証(ゲーム「ウルトラ大決戦」)及び検甲第2号証(ゲーム「熱血スタジアム カードベースボール」)と、これらに関連する審決時甲第2、第4ないし第6、第14号証により公知となった技術的事項、審決時甲第7ないし第12号証に記載された発明、並びに周知の技術的事項に基づいては、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないため、請求人(原告)の主張には理由がなく、本件審判請求は成り立たない旨判断した。

第3  審決の取消事由

1  認否

(1)  審決の理由Ⅰ(手続の経緯)、Ⅱ(本件請求項1に係る発明)、Ⅲ(請求人の主張)、Ⅳ(被請求人の反論)及びⅤ(証拠関係)は認める。

(2)  審決の理由Ⅵ(当審の判断)のうち、1(検甲第1号証。審決書5頁12行ないし7頁16行)は認める。

同2(本件発明と検甲第1号証との対比。審決書7頁18行ないし17頁16行)のうち、相違点2の認定(審決書9頁3行ないし5行)、及び「相違点2の整理について」(審決書13頁10行ないし14頁6行)は争い、その余は認める。

同3(相違点についての判断。審決書17頁18行ないし22頁11行)のうち、(4)(相違点4及び5について。審決書21頁末行ないし22頁11行)は認め、その余は争う。

同4(結語。審決書22頁13行ないし末行)は争う。

(3)  同Ⅶ(むすび)は争う。

2  取消事由

審決は、手続上の違法があり(取消事由1)、また、相違点2(対戦のための記憶手段の有無)の認定を誤り(取消事由2)、相違点1(表示媒体がバーコードカードか否かの点)についての判断を誤り(取消事由3)、相違点3(先攻判定手段の点)についての判断を誤った結果(取消事由4)、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(手続上の違法)

ア 審決においては、5つの相違点が認定されているが、本件審判手続における審理の過程において、当事者間で相違点として挙げられ、争点と認識されていたのは、相違点1(データをコード表示した表示媒体について、本件発明は、表示形態をバーコードとしたカードであるのに対して、検甲第1号証(ウルトラ大決戦)は、表示形態をピンコードとした駒状のユニットである点)と相違点3(先攻判定手段の有無)に関してであり、相違点2(対戦のための記憶手段の点)、相違点4(計算手段の点)及び相違点5(生存判定手段の点)に関しては、当事者は相違点として認識していなかった。

特許法153条1項は、「当事者・・・が申し立てない理由についても、審理することができる。」と規定し、職権により独自の審理を行うことを認められているが、同条2項は、「当事者・・・が申し立てない理由について審理したときは、その審理の結果を当事者・・・に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならない。」と規定している。この規定の趣旨は、当事者に不利な材料が当事者の知らない間に審判官の手元に集められ、なんらの弁明の機会も与えられずに審判官の心証形成の基礎となるという不利から救うことにあると解され、当事者に意見を述べる機会を与えるべきことは、特許法の底流をなす基本的原則である。

本件の場合のように、証拠が複数あってその技術を総合して進歩性の判断をする場合には、その論理づけが重要となるところ、本件審判手続において、相違点2、4及び5に関し、当事者に意見を述べる機会が与えられなかったことは、上記特許法の基本的原則に反する違法なものである。

イ 審決が、相違点2について、「(検甲第1号証の)実際の動作からは、・・・判定結果の記憶手段はあると認められるものの、・・・ユニットをセット部から取り外すと表示は消えて攻撃もダメージの計算もできなくなることからすれば、読取った対戦データを対戦のために記憶する記憶手段が無いと受け取れるため、請求人の上記主張は採用できない。」(審決書13頁19行ないし14頁6行)と認定しているとおり、本件を担当した審判官は、検甲第1号証(ウルトラ大決戦)の検証を独自に行ったものである。その検証内容は読み取った対戦データを対戦のために記憶する記憶手段の有無に関するものであるが、この点については当時当事者間に争いはなく、このことが検証対象となっていることは当事者には全く知らされていなかった。このことは、実質的に職権による検証物の証拠調べがされたことに相当する。

したがって、その結果について当事者に通知しなかったことは、特許法150条5項の規定に違反するものである。

(2)  取消理由2(相違点2(対戦のための記憶手段の点)の認定の誤り)

審決は、相違点2として、「読取手段で読取った対戦データについて、前者(本件発明)が記憶手段で対戦のために記憶するのに対して、後者(検甲第1号証)は対戦のために記憶していない点。」(審決書9頁3行ないし5行)と認定し、その理由として、「(検甲第1号証の)実際の動作からは、・・・判定結果の記憶手段はあると認められるものの、・・・ユニットをセット部から取り外すと表示は消えて攻撃もダメージの計算もできなくなることからすれば、読取った対戦データを対戦のために記憶する記憶手段が無いと受け取れるため、請求人の上記主張は採用できない。」(審決書13頁19行ないし14頁6行)と認定するが、誤りである。甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)は、RAMのワークエリア上で対戦演算を実行するものであり、「読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段」を備えているものである。

ア すなわち、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)においては、駒の生命力、攻撃力などの対戦データは同ゲーム機内のROMに記憶されており、同ゲーム機の電源がオンになると、駒の対戦データはROMからRAMに書き込まれる。

駒には9本のピンがあり、9ビットの情報を提供しているが、対戦データとの関係でいえば、駒には対戦データそのものはなく、どの駒であるかを同定する情報(同定データ)のみが存在する。

ある駒が判定器にセットされると、そのピンから駒の同定データが読み取られ、その駒がどの駒であるかを判別して、RAM内のすべての駒の対戦データを記憶しておくエリアの中からその駒の対戦データを読み出して、同じくRAM内の対戦演算のために使われるワークエリアに書き込み、相手との対戦に際してダメージ計算を行っている。このダメージ計算を実行するためには、技術上双方の駒の対戦データは演算ワークエリアに取り込まれている必要があるのであって、たとえ駒がセットされた状態であっても演算に際し直接駒のピン情報を取りに行って演算を実行することはCPUに大きな負担がかかり、技術常識からしてするはずのないことである。

続いて、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)においては、相手の駒もセットされ、その駒の対戦データが演算ワークエリアに書き込まれる必要がある。そして、対戦を行い、ダメージ計算を実行し、対戦データが変更された駒が外されるときには、 演算ワークエリアにある計算された変更後の生命力データ(死んだ駒の場合は死んだという情報)がその駒に割り当てられたRAM内の記憶エリアに上書きされるようになっている。

上記演算ワークエリアは、本件発明にいう「読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段」である。

イ 検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)には、上記のように、「読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段」が備えられており、電源スイッチをオフにした場合のほかは駒を外しても新たな駒がセットされその駒のデータが上書きされるまで演算ワークエリアには元の駒の対戦データが記憶されているので、駒を外した状態で対戦を継続させるように設計することに何らの支障のないものであるが、実際の動作は、審決が指摘するように、駒を外すとデータの表示は消え、対戦を実行することができないようにしてある。

その理由は、技術的な問題ではなく、ゲーム機に双方の駒が向き合ってセットされている状態、すなわち相撲のように対戦者が土俵に上って対戦する形態にした方が対戦ゲームとしての臨場感が高まると設計者が考えたことにある。そのため、このゲーム機では、駒を外すことは土俵を降りたこと、すなわち対戦をしないこととして扱い、駒を外したことを検知して表示を消し対戦ができないようにプログラムしたのである。

したがって、「ユニットをセット部から取り外すと表示が消えて攻撃もダメージの計算もできなくなる」ことと、「読取った対戦データを対戦のために記憶する記憶手段が無い」こととは、全く別問題である。

ウ(ア) 被告は、記憶手段に記憶される対戦データが、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)ではゲーム機中にはじめから存在しているのに対し、本件発明のカードではカード中に存在しているという点で全く違う旨主張する。

しかし、本件発明においては、カードにすべての対戦データが直接記録されていなければならないと限定されているわけではない。すなわち、本件明細書(甲第2号証)では、特許請求の範囲に「必要なデータをバーコード表示したカードのバーコード読取手段と、該読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段と、」とあるものの、発明の詳細な説明中には、「対戦データ」についての直接の説明はなく、「必要なデータ」について実施例における例示として「カード1は必要なデータ、例えば攻撃力、守備力及び生命力などのデータがバーコード1aにより表示されている。」(3欄19行ないし22行)との記載があるだけである。

しかも、対戦データの取込み方法については種々の設計が選択できるところであり、セットされた駒のピン情報からその駒の同定データを読み取ってRAM上のその駒の対戦データを同じくRAM上の演算ワークエリアに取り込む形態でも、直接カードからすべての対戦データを読み取る形態であっても、ゲームとしての動作上格別の差異はないものである。

したがって、本件発明は、対戦に際し必要なデータが一部であれカードにあり、それが機械によって読み取られ記憶されるものをも含むものである。

(イ) 被告は、本件発明のバーコードは一般の商品にも付されているバーコードをも対戦ゲームの主体として登場させるところに魅力がある旨主張する。

しかしながら、本件発明の特許請求の範囲には「必要なデータをバーコード表示したカード」とあるのみであり、一般の商品にも付されているバーコードをも対戦ゲームの主体として登場させることについては、本件明細書のどこにも記載されていないものであるから、被告の上記主張は、明細書に記載のない効果を主張するものであり、失当である。

(3)  取消理由3(相違点1(表示媒体がバーコードカードか否かの点)についての判断の誤り)

審決は、相違点1につき、「ピンコードをバーコードで置き換える点に限れば容易と言えるものの、駒状のユニットをカードで置き換える点において容易であるとは言えない」(審決書20頁2行ないし5行)と判断し、駒状のユニットをカードで置き換える点について、「検甲第1号証が、駒状のユニットをセットしたまま対戦させるものであり、且つ主たる遊び方がマップ上に駒状のユニットを並べるものであることを勘案すると、ユニットに添付されたキャラクタを見ながらゲームを進めることも検甲第1号証の魅力の1つであり、そのためユニットを立体的な駒状にしてあるとも考えられることから、これを非立体的なカードで置き換えることは容易には想起し難いことである。」(18頁末行ないし19頁8行)と判断するが、誤りである。

ア 特許法29条2項の立法趣旨は、従来技術と比してその相違点が技術的に容易であるか否かを判断し、技術的に容易とはいえないものについてはその進歩性を認め、特許要件を満たすものとしたものである。したがって、審決の指摘するゲームの趣の点は、ゲームとしての趣向上のこだわりであって、特許法29条2項が問題としている技術的な困難性とは異質の事柄であり、それを理由に組み合わせの困難性があるとはいえないものである。殊に、本件のように魅力あるものを捨てるだけの場合に、技術的困難性が有るとは到底いえないものである。

イ そして、検甲第2号証(ベースボールゲーム)によれば、対戦ゲームにおける必要なデータの入力媒体として、「バーコード表示したカード」を用いることが公知であるから、「ピンコード表示した駒状のユニット」に換えて「バーコード表示したカード」を用いることは、当業者に容易な事柄である。

(4)  取消理由4(相違点3(先攻判定手段の点)についての判断の誤り)

審決は、相違点3として、「先攻指示手段について、前者(本件発明)はゲーム玩具自体が先攻を判定して指示するのに対して、後者(検甲第1号証)は予め決められている先攻をゲーム玩具が単に表示して指示する点。」(審決書9頁7行ないし10行)と認定し、この相違点3について「検甲第1号証のものは、ゲーム開始時において常にウルトラマン側が攻撃側に設定されており、且つそれにより十分に公平な対戦ができるのであるから、そこからは公平性を担保すべくゲーム玩具が自ら先攻を判定する先攻判定手段をゲーム玩具自体に組み込むことを容易に想起することはできない。また、・・・他の証拠にも、この点を容易と言えるだけの技術的事項は示されていない。」(審決書21頁9行ないし18行)と判断するが、誤りである。

本件発明の先攻判定手段については、被告のした補正が要旨変更に当たるか否かが問題となった事件の東京高等裁判所平成8年(行ケ)第218号事件判決(甲第5号証第21頁7行ないし22頁3行)において、「『記憶手段で記憶された対戦データのうち、一方を攻撃側、他方を守備側とする先攻判定手段』の要件とは、当初明細書の先攻判定手段の技術事項をそのまま引き継いだものであり、(1)記憶手段で記憶されたデータに従って、攻撃側・守備側を判定するという構成と、(2)該データに依拠しない方法であっても周知慣用の攻撃側・守備側判定手段であればそれも含む構成であって、(1)及び(2)以外のものではないことは明らかである。したがって、当該構成は当初明細書等に記載されていた事項というべきであるから、本件補正により『対戦データのうち、一方を攻撃側、他方を守備側とする先攻判定手段』を補正したことは要旨変更ではないというべきである。」と判示されている。すなわち、この先攻判定手段は、本件明細書(甲第2号証)に記載がある「例えば比較定数を比べて大きい方を先攻とする」(5欄34行、35行)というような記憶手段で記憶されたデータに従って攻撃側・守備側を判定する構成と、「電子サイコロその他の電子的ランダム決定手段」のような周知慣用の攻撃側・守備側判定手段を含む構成ということである。

したがって、先攻判定手段の点については、電子サイコロのような周知慣用の攻撃側・守備側判定手段をも含む点に発明の新規性・進歩性があるということはできないはずであり、対戦ゲームにおける順番決定手段として検甲第1号証(ウルトラ大決戦)のターン決定手段に代えて、このような周知慣用の攻撃側・守備側判定手段を採用することに格別困難性はないというべきである。

第4  審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の審決の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(手続上の違法)について

ア(ア) 原告は、審判請求書(甲第12号証の1)において、検甲第1号証(ウルトラ大決戦)及び検甲第2号証(ベースボールゲーム)という先行技術を理由に、本件発明が進歩性の要件を欠くものと主張した。

さらに、原告は、平成9年12月8日付け審判理由補充書(甲第12号証の2)をもって、本件発明の登録を無効とすべき理由を補充し、特許請求の範囲記載の各構成要件ごとに、進歩性欠如を主張した。すなわち、上記補充書2頁において、本件特許発明請求の範囲から「b)該読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段」を取り上げ、検甲第1号証(ウルトラ大決戦)から、「判定器には『読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段』を有することが必然であり・・・検甲第1号証は、本件特許発明の構成要件b),d)が備えられていることは自明である。」(4頁)と主張し、結論として、検甲第1号証は、記憶手段その他の構成要件を開示したものと主張した(7頁、8頁)。

これに対し、審決は、原告が提出した検甲第1号証(ウルトラ大決戦)そのものによって、検甲第1号証には読み取った対戦データの対戦のための記憶手段がない旨判断した。

以上のとおり、記憶手段の有無は、争点としても原告が自覚的に取り上げたものであり、これを判断するために必要な証拠も原告が提出し、審決ではその証拠に基づき原告の主張を否定しているものである。

したがって、本件審決手続には、特許法153条2項の趣旨に反する手続上の違法はない。

また、この記憶手段に関する事実は歴然としており、仮に本件審判手続において原告にこの点が通知されても、結論に影響する可能性はなかったものである。

(イ) 相違点4及び5については、審決は、結論として容易想到と認めている(審決書22頁)ので、原告に反論の機会を与えなかったことは、原告にとって何ら不利益をもたらしていないものである。

イ 検甲第1号証(ウルトラ大決戦)は、請求人である原告が提出した検証物であり、職権証拠調べの規定である特許法150条5項は問題となり得ない。また、本件審判手続においては、口頭審理がされ、検証物の証拠調べが行われているものである(甲第12号証の8)。

(2)  取消理由2(相違点2(対戦のための記憶手段の点)の認定の誤り)について

ア 原告は、ユニットをセット部から取り外すと表示が消えて攻撃もダメージの計算もできなくなることを認めているところ、審決が問題としているのは、単に何らかの記憶手段があるか否かではなく、読み取った対戦データを「対戦のために」記憶する記憶手段の有無である。ユニットを外すと攻撃もダメージ計算もできなくなるのであれば「対戦」を行うことはできないので、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)には、読み取った対戦データを「対戦のために」記憶する手段はないものである。

イ また、本件発明は、カードゲーム機であり、カードに対戦に必要なデータがバーコード表示されていなければならないのは当然であって、あらかじめゲーム機内に対戦データが用意されていなければならないものとは技術思想が全く異なるものである。検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)においては、駒には対戦データが全く存在しないのであり、同ゲーム機が駒から読み取るのは同定データにすぎない。したがって、同ゲーム機における駒には読取手段で読み取られるべき「対戦データ」が全く存在しないのであり、本件発明と検甲第1号証のゲーム機とは構成を全く異にするものである。

本件発明は、後記(3)のとおり、バーコードを含んだカード自体が対戦データを提供し、対戦の主体となることに画期的な意義を有し、そのため一般の商品にも付されているバーコードを主体として戦い得るものであり、このことが上記のとおり対戦データの存在する場所や駒ないしカードの意義の違いにも端的に表れているのである。

(3)  取消理由3(相違点1(表示媒体がバーコードカードか否かの点)についての判断の誤り)について

ア 検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)においては、キャラクターのシールを付した立体的な駒という視覚的、触覚的に具体的な存在を対戦の主体としている。

これに対し、本件発明は、バーコードを含んだカード自体が対戦データを提供し、対戦の主体となることに画期的な意義を有し、そのため、一般の商品にも付されているバーコードを主体として戦い得るようゲーム機を構成しているものである。すなわち、本件発明は、キャラクターを付した立体的な駒といった分かりやすい具体的な存在ではなく、別の目的を有するバーコードという抽象的なデータそのものを戦う主体として構成しているものであり、このことによって、単に駒から魅力を差し引いたものではなく、全く別種の魅力を持つゲーム機を創作したものなのである。

イ また、検甲第2号証(ベースボールゲーム)ではバーコードが用いられているが、これは、野球ゲームの対戦者たるチームのメンバーにつき打率等の意義づけされたデータを入れるだけであって、補助的な情報を手入力から簡易に入力しうるようにしたという程度の意義しか持たない。しかも、検甲第2号証は、カードを対戦させるゲーム機ではないものである。

ウ 以上のとおり、本件発明の入力媒体に関わる点は、検甲第1、第2号証のいずれからも容易に置換することができないものである。

(4)  取消理由4(相違点3(先攻判定指示手段の点)についての判断の誤り)について

本件発明のようなバーコードを主体として把握するという新規なゲーム機を構成するに際し、先攻判定手段をそもそも存在させるということは、それ自体に新規性も進歩性もあるものである。

東京高等裁判所平成8年(行ケ)第218号事件判決が「該データに依拠しない方法であっても周知慣用の攻撃側・守備側判定手段を含む」としたことは、先攻判定の具体的方法について述べているにすぎない。構成要件の1つとして先攻判定手段を設けるか否かという問題と、先攻判定手段を設けることとした場合にその具体的方法をどうするかという問題は、次元を異にする問題である。

理由

1  争いのない部分

(1)  本件発明の要旨(前記第2、2)及び審決の理由のうち、検甲第1号証の認定(審決書5頁12行ないし7頁16行)は、当事者間に争いがなく、本件発明と検甲第1号証との対比(審決書7頁18行ないし17頁16行)のうち、相違点2の認定(審決書9頁3行ないし5行)及び「相違点2の整理について」(審決書13頁10行ないし14頁6行)を除く事実は、当事者間に争いがない。

(2)  そして、相違点についての判断(17頁18行ないし22頁11行)のうち、相違点4及び5についての判断(審決書21頁19行ないし22頁11行)も、当事者間に争いがない。

2  取消事由2(相違点2(対戦のための記憶手段の点)の認定の誤り)について

(1)ア  前記当事者間に争いのない検甲第1号証の認定、検甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)は、以下の構成を有するものと認められる。

(ア) 駒の生命力、攻撃力などの対戦データは検甲第1号証のゲーム機内のROMに記憶されている。

(イ) 同ゲーム機の電源がONになると、駒の対戦データはROMからRAMに書き込まれる。

(ウ) 駒には9本のピンがあり、9ビットの情報を提供しているが、対戦データとの関係でいえば、駒には対戦データそのものはなく、どの駒であるかを同定する情報(同定データ)のみが存在する。

(エ) ある駒が判定器にセットされると、そのピンから駒の同定データが読み取られ、ROMからRAMへ書き込まれていたその駒の対戦データはRAM中の演算のためのエリア(ワークエリア)に移される。

(オ) 駒を外すとデータの表示は消え、対戦は実行できない。

イ  以上をまとめれば、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)においては、駒にはどの駒であるかを識別する同定データのみが存在し、駒自体には対戦データが記憶されておらず、判定器に駒がセットされると、その駒を識別する同定データによってあらかじめ判定器に記憶されていた対応する対戦データが読み出され、対戦のためにRAM内の演算エリア(ワークエリア)に記憶されるものである。

そうすると、検甲第1号証のゲーム機は、「読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段」を有するものであり、「ユニットをセット部から取り外すと表示が消えて攻撃もダメージの計算もできなくなること」を理由として、「読取った対戦データを対戦のために記憶する記憶手段が無い」とした審決の相違点2の認定は誤りであると認められる。

(2)ア  被告は、検甲第1号証のゲーム機は、駒から同定データを読み取るにすぎず、そのため、本件発明のゲーム機のように、一般の商品にも付されているバーコードをも対戦ゲームの主体として登場させることができないものであるから、本件発明のゲーム機とは構成を異にする旨主張する。

しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲には、「必要なデータをバーコード表示したカードのバーコード読取手段と、該読取手段で読取った対戦データを記憶する記憶手段と、」と記載され、甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中には、「対戦データ」について直接定義したり、説明している記載はなく、「必要なデータ」について実施例における例示として、「カード1は必要なデータ、例えば攻撃力、守備力及び生命力などのデータがバーコード1aにより表示されている。」(3欄19行ないし22行)との記載はあるが、それ以上に、効果の欄等に、一般の商品にも付されているバーコードを使用することができる旨の記載はないことが認められる。

そうすると、本件発明における必要なデータの記憶方法は、カードに固有の対戦データを直接記憶させるものだけでなく、同定データをもって間接的に記憶させるものも含むものと認められる(なお、仮にこの点を本件発明と検甲第1号証との相違点だとしても、検甲第2号証によれば、検甲第2号証のゲーム機(ベースボールゲーム)においては、カードが必要なデータを直接記憶しているものと認められるから、検甲第2号証の技術を検甲第1号証に適用してユニット(駒)に対戦データそのものを直接記憶させるようにすることは、当業者が容易に想到できることと認められる。)。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

イ  被告は、ユニットを外すと攻撃もダメージ計算もできなくなるのであれば「対戦」を行うことはできないので、検甲第1号証のゲーム機には読み取った対戦データを「対戦のために」記憶する手段はない旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、検甲第1号証のゲーム機が駒を外すとデータの表示は消え、対戦を実行できないように構成されているのは、技術的な問題からではなく、対戦ゲームの性格上、そのユニットの対戦が一旦終了したことを報知するためのものと認められるから、このことをもって、検甲第1号証のゲーム機には「読取手段で読取った対戦データを記憶する手段」はないものと認めることはできず、被告の上記主張は理由がない。

(3)  よって、審決の相違点2の認定は誤りであり、原告主張の取消事由2は理由がある。

3  取消事由3(相違点1(表示媒体がバーコードカードか否かの点)についての判断の誤り)について

(1)  前記説示のとおり、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)には、マップ上にユニットを並べてゲームを行う本来の遊び方のほかに、基本ユニットと判定器のみを用いた「生き残りゲーム(2人用)」という遊び方があるものであり、この遊び方においては、対戦する駒の優劣を競うことをゲームの本質とするものと認められる。

そして、検甲第1号証のゲーム機では、立体的な駒状のユニットにピンコード表示した入力媒体が使用されているが、「生き残りゲーム(2人用)」においては、もっぱら駒の対戦データに意味があり、駒が立体的な形状のユニット媒体であることは、ゲームに趣を添えるものではあるが、技術的にはさほどの意味を持たないものと認められる。

また、甲第2号証によれば、本件明細書に「従来からカードに絵、文字、記号を記入し、そのカードに性格や強さを与え、そのデータに従ってカードとカードを見せ合って対戦させて勝敗を決する遊びがある。」(2欄1行ないし4行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、従来からある対戦ゲームにおいても、カードを使用することが一般的なものであるということができる。

(2)  そして、検甲第2号証によれば、同号証のベースボールゲーム機は、「選手のデータをバーコード表示したカードをカードリーダーにより複数読み込んで記憶させ、打順や先発ピッチャー等を適宜入れ替えた希望のチームを記憶データとして編成し、記憶されたデータによってチーム同士を対戦させる」(審決書17頁末行ないし18頁4行)ものであることが認められ、選手のデータをバーコード表示したカードを使用し、それをカードリーダーにより読み込ませているものである。

(3)  そうすると、検甲第1号証の立体的な駒状のユニットを検甲第2号証の平面的な形状のカードに置き換えることによっても、検甲第1号証の「生き残りゲーム(2人用)」というゲームの本質に変化がないものと認められ、この置換えは当業者にとって容易に想到することができるものと認められる。

(4)ア  被告は、検甲第1号証のゲーム機(ウルトラ大決戦)においては、キャラクターのシールを付した立体的な駒という視覚的、触覚的に具体的な存在を対戦の主体としているのに対し、本件発明は、一般の商品にも付されているバーコードを主体として戦い得るようゲーム機を構成している点に画期的な意義を有する旨主張する。

しかしながら、検甲第1号証の「生き残りゲーム(2人用)」では、もっぱら駒の対戦データに意味があり、駒が立体的な形状のユニット媒体であることは、ゲームに趣を添えるものではあるが、技術的にはさほどの意味を持たないものであることは前記説示のとおりである(なお、検甲第2号証によれば、同号証のベースボールゲームにおいても、バーコードはカードの裏面に記録され、カードの表面には投手、捕手、野手等の選手のキャラクタが特徴ある図柄をもって表示されていることが認められ、立体的な形状のデータ媒体を平面的なカード形状のものに置き換えることで趣がすべて失われてしまうというものではない。)。さらに、本件発明は一般の商品にも付されているバーコードを主体として戦い得るようゲーム機を構成しているとの点については、前記説示のとおり、本件明細書に記載がなく、本件明細書に接する当業者に自明の効果とも認められない。したがって、被告の上記主張は採用することができない。

イ  さらに、被告は、検甲第2号証のゲーム機(ベースボールゲーム)は、補助的な情報を手入力から簡易に入力しうるようにしたという程度の意義しか持たず、しかも、カードを対戦させるゲーム機ではない旨主張する。

しかしながら、検甲第2号証には、ゲーム機における入力を容易にするために、バーコード表示されたカードと、カードリーダーを使用することは開示されているものであるから、検甲第2号証のベースボールゲーム機の遊び方がカード対戦ゲームではないことは、上記容易推考性の判断を左右するものではなく、被告の上記主張は理由がない。

(5)  よって、相違点1についての審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由3は理由がある。

4  取消事由4(相違点3(先攻判定手段の点)についての判断の誤り)について

(1)  本件発明の特許請求の範囲には、先攻判定手段について、「記憶手段で記憶された対戦データのうち、一方を攻撃側、他方を守備側とする先攻判定手段」と規定されているところ、甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例には、「データに従って対戦カードの先攻を判定する先攻判定手段」(4欄25行、26行)、「ゲームスタートによりマイクロコンピュータ(先攻判定手段)7が作動し、カードAとカードBのデータに従って対戦カードの先攻判定(ステップ501)を行う。この判定は例えば比較定数を比べて大きい方を先攻とする如くし、その結果は・・・表示される。上記判定において「P1側先攻」となったときは、P1側の者は攻撃キー5aをONする(ステップ502)。」(5欄30行ないし40行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、本件発明は、いわゆる交互対戦型ゲームとして、対戦する一方を攻撃側、他方を守備側としてゲームを開始するものであるところ、検甲第1号証のゲーム機のように攻撃側をあらかじめ固定することはせず、公平に決定するためのものとして先攻判定手段を設けることにしたものであることが認められる。そして、交互対戦型のゲームにおいて、先攻側をあらかじめ決めておくか、いずれが先攻側となるかを決める手段を設けるかは、任意に選択し得る慣用技術であることが明らかであるから、本件発明にいう「先攻判定手段」には、上記認定以上に格別の技術的意義があるものではないというべきである。

そうすると、ウルトラマン側を先攻と決めてある検甲第1号証の構成に代えて、先攻判定手段を設けることは、当業者が適宜に選択すべき単なる設計変更にすぎないものと認められる。

(2)  被告は、本件発明のようなバーコードを主体として把握するという新規なゲーム機を構成するに際し、先攻判定手段をそもそも存在させるということ自体に新規性及び進歩性がある旨主張するが、本件発明が先攻判定手段の点以外の点(バーコードを主体として把握したゲーム機を構成した点)からも進歩性を有するとの主張が理由がないことは、前記2,3のとおりであるから、被告の上記主張は、その前提を欠き、採用することができない。

(3)  よって、審決の相違点3についての判断は誤りであり、原告主張の取消事由4は理由がある。

5  結論

以上のとおり、原告主張の取消事由2ないし4はいずれも理由がある。

よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年10月28日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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